2009年12月24日 (木)

長府(続)

山口への小旅行、その8、やっと最終回。

長府毛利邸Dc1207113

防府にも毛利邸が存在するが、毛利藩(萩藩)本家のもの。
どちらも維新以後に建てられた、明治の華族としての邸宅。Dc1207114

部屋が十以上あったと思うが、全てに素晴らしい花が活けてあった。Dc1207117

Dc1207118茶室、淵黙庵(えんもくあん)。中には入れない。Dc1207116

 

功山寺。高杉晋作挙兵の地。Dc1207121

Dc1207124 仏殿。Dc1207125

 

横枕小路。Dc1207131

 

乃木神社。Dc1207133

乃木将軍旧邸。Dc1207134

 

壇具川。Dc1207139

 
長府観光会館の駐車場には、平日なのに、観光バスが何台も止まっていて、結構団体がいるのに驚きました。まだ見たい所が幾つかあり、機会があったら寄ろうと思います。
唐戸市場で手に入れた魚を抱え、帰宅しました。

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2009年12月23日 (水)

長府

山口への小旅行、その7。

長府はあまり知られていない地名かもしれませんが、神功皇后の頃からの古い歴史を持っています。七世紀に長門の国府になり、長府となったようです。
関ヶ原の戦い以後、毛利家は周防長門の二国に減封され、本家は元就の孫・輝元が萩に城をかまえました。長府は、萩藩の支藩として、同じく元就の孫・秀元が入府しました。櫛崎城というお城があったそうですが、一国一城令で取り壊されました。お城はなくても城下町として栄えたようです。

長府観光会館に車を止め、散策開始。先ず、マンホールの蓋。Dc1207120

長府藩侍屋敷長屋:Dc1207108

正面から見ると:Dc1207107

門の中の左にある石碑:Dc1207105

山あれば山を観る
雨の日は雨を聴く
春 夏 秋 冬
あしたもよろし
ゆふべもよろし
         山頭火

古江小路へDc1207109

ゴミ収集の日だったようであちこちにゴミ袋・・・
向こうからタダならぬ集団・・・アップにすると・・・Dc122101

山下真司と岡本信人。ちょっとインタビューを受けました。
菅家長屋門。Dc1207111

古江小路を反対方向から:Dc1207112

 

終わりそうにないので、(多分明日に)続く・・・・・

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2009年12月14日 (月)

岩国城

山口への小旅行、その3。

錦帯橋へは何度も行きましたが、橋の南側ばかり。
今回は北側、吉香公園の方に行きました。
吉香神社はなかなか立派な建物です。Dc120728

中央の建物、錦雲閣。山の頂上に岩国城が見えています。Dc120736

ロープウェイであがりました。Dc120745

初代岩国領主、吉川広家の居城。彼は、関ヶ原の戦いで徳川方に内通したことで有名、毛利元就の孫にあたる。ある意味、彼のお陰で毛利家が存続したともいえるのではないか。1608年築城、七年後、一国一城令のため取り壊される。現在の城は1962年、元の場所ではなく、下から見える位置に再建された。Dc120752

岩国城からの景色、きれいでした(クリックで大きくなります)。

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2009年11月13日 (金)

蒜山高原

岡山への小旅行 その6

Dc110864 Dc110866

上の写真、クリックで大きくなります。

一泊目を
自分で計画しなかったので、
その後の計画が遅れ、
二泊目のいい宿がとれませんでした。

と言うことで、帰宅するのですが、
折角ここまで来たのだから、
蒜山ぐらいは行ってみようと、
先ずはジャージーランドへ。

紅葉なんとか、ソフト旨い。

蒜山高原センターには
下のような木がありました。Dc110870

松茸1000円、と書かれた道路端の看板につられて車を止めましたが、
確かに1000円の物もありましたが、いいものはそれなりの値段でした。

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2009年9月 6日 (日)

富岡城

熊本への旅、その11。

Dc0822212 このお城は、天草下島の北西から突き出た、富岡半島にあります。半島と言っても、元は孤立した島で、砂州が出来て繋がった陸繋島というものだそうです。Dc0822211

天草・島原の乱のとき、幕府側の拠点だったお城。
ここから天草下島が見え、曲崎という砂嘴で湾が出来、面白い地形です。Dc0822210

天草上島へ。道の駅有明から島原半島、普賢岳が見えました。Dc0822215

いよいよ天草ともお別れです。
訪れてみて感じたのは、天草には魅力的な観光地が多くはないということでした。そしてやっぱり遠いということでした。この先そう長くはない私の人生を考えると、また行くことはないでしょう。
天草について調べているとき、天草宝島観光協会のHPを発見しました。役に立つHPです。資料を希望するときはメールを、とあったのでお願いしたら、パンフレットや地図などを無料で送ってくれました。とても助かりました。観光に力を入れているということが分かります。発展を、というより、充実した生活を送ることが出来る所であることを、お祈りします。それが出来る土地だと感じました。(今日は文章の調子が変!実は今病気です。これについては又何れ。)

熊本への旅、は続きます。

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2009年9月 4日 (金)

天草の教会と西海岸

熊本への旅、その9。

崎津天主堂Dc0822105

日本的集落の中に普通に存在する。素朴な感じ。Dc0822108

大江天主堂Dc0822111

小高い丘にあり、遠くからも見える。撮影位置が既に丘の上。Dc0822112

この二つの天主堂は、拝観することが出来る(礼拝が行われている時は不可)。写真撮影禁止。中に入って思ったのは、ここは観光の場所ではなく、祈りを捧げる所だということでした。

この後、十三仏公園へ。与謝野鉄幹・晶子夫妻の句碑があります。
鉄幹 天草の十三仏のやまに見る海の入り日とむらさきの波
晶子 天草の西高浜のしろき磯紅蘇省より秋風ぞふく
ここからの妙見浦の眺めは絶景です。クリックで少し大きくなります。Dc0822115

南の方の景色
岬の突端に灯台、その手前に、小さな小さな十三仏の祠。 Dc0822117

鬼海浦展望所Dc0822208

天草の海は本当にきれいでした。

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2009年9月 3日 (木)

天草五橋

熊本への旅、その8。天草五橋めぐり遊覧船、というものがあります。
他の会社を調べていたのですが、ホテル竜宮の桟橋から出てるというのでそれにしました。下の写真の右手前の船です。Dc082285

五号橋Dc082287

四号橋Dc082290

中央奥、五号橋、左、四号橋Dc082291

三号橋Dc082295

二号橋Dc082294

五橋めぐり、と言っても、一号橋は遠いのでなし。

陸に上がって、高い所から天草五橋を見るため千巌山へ。
山頂からの景色。Dc082297

展望所からの景色。山頂と展望所は別の場所です。
展望所が平らな道で、楽に行けます。この写真、クリックで拡大。Dc0822100

五号橋は山に隠れて見えません。一号橋は遠くて見えません。
左に四号橋、右手に三号橋、その奥に二号橋。
西の方の景色、晴れ渡っていたら雲仙が見える。Dc0822101

東の方の景色、阿蘇が見えることもあるとか。Dc0822102

山頂まで行って大汗をかきましたが、素晴らしい景色でした。

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2009年8月27日 (木)

梅の木轟

熊本への旅、その5。
昨日の二本杉峠から10分位南下、梅の木轟公園吊橋が見えてきます。Dc082237

深さ50m以上の谷です。橋を近くで見ると・・Dc082239

興味のある方は説明板を読んで下さい。クリックで大きくなります。Dc082240

この橋、ほとんど揺れません。渡って振り返ると・・Dc082242

轟(とどろ)とは、この地方で滝のことです。梅の木轟を目指して歩きます。この吊橋は、その滝を見に行くために架けられたのだそうです。
まず小さな滝、梅ケ枝の滝と龍門橋。Dc082253

さらに登っていくと・・Dc082251

近づいてきました。上の写真の上部にある橋、を渡ると・・Dc082249

山の高い所にこれだけの水量、自然は雄大です。

この辺りには美しい滝や吊橋がまだまだあるようです、
が、日程の関係で今回はこれにて終了。

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2009年8月26日 (水)

二本杉峠

熊本への旅、その4。
二本杉峠は、八代市泉町仁田尾にあります。ちょっと北に、二本杉展望所があり、ここの住所は下益城(ましき)郡美里町のようです。
そこに至るまでは、九州自動車道松橋ICから国道218号線を東に走り、砥用(ともち)から南へ、急勾配でクネクネ曲がった、ほとんどが一車線の、国道445号線を登ります。この山道、20分~30分程度だったと思いますが、物凄く長く感じました。
二本杉展望所からは、視界が良ければ、西は普賢岳、東は阿蘇の外輪山、北は熊本市街まで見えるとのことですが、この日は下の写真の程度でした。が、充分に美しい景色でした。中央に見えている町は砥用(この地名は合併で消えたようです)、その左上あたりが熊本市街・金峰山かな、と思いました。この写真、クリックで大きくなります。Dc082232

ここからちょっと南下すると、道が広くなり、二本杉峠です。
広い平らな土地に、東山(とうやま)本店というお店があります。Dc082236

地鶏うどん、550円を頂きました。場所を考えるとリーズナブル。Dc082235

標高1100m、お店にエアコンはなく、自然の風、
温かいおうどんが美味しく頂けました。

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2009年7月14日 (火)

永平寺

北陸への旅、その10。

Dc0630297 永平寺は山の斜面にありました。Dc071401

一番上の法堂(はっとう)。Dc0630274

このような通路を上がっていきます。奥に承陽殿の屋根。Dc0630267

仏殿。Dc0630280

右、仏殿前の廊下。奥、僧堂。左、中雀門(ちゅうじゃくもん)。Dc0630276

中雀門。その向う側、山門。Dc0630278

左に目を転ずると、庫院(くいん)。Dc0630279

山門。Dc0630260

山門から見た、鐘楼。ゆく年くる年の除夜の鐘。Dc0630289

山門を通って中に入ることが出来るのは住職だけ、修行僧は、入門する時と、修行が終わった時、この門を通ることが許される、という話が印象に残りました。山門で鐘楼の説明をしている修行僧が、「私を押して山門から外に出さないで下さい。もしそうなったら修行を終えて帰らなければなりません。」と冗談を言っていました。
何処で写真を撮っても構いません、というのには一寸驚きました。「ただし」、が付いていますが。修行僧に直接カメラを向けないでください。傘松閣(さんしょうかく)の絵天井のフラッシュ撮影はしないでください(言われて数分後にしている人がいました)。修行中のところ(当然修行僧がいる)、法事などが行われている時、は写真をご遠慮ください。
祠堂殿(しどうでん)という所で法要が行われていました。親族が十人ぐらい、僧侶も十人ぐらい、といっても殆どは修行僧ですが。しばらく見学させていただきましたが、かなり動きのあるものでした。私の祖父の葬儀を思い出しました。我が家は曹洞宗でした。だから、永平寺には行かなければとずっと思っていました。やっと行きました、が、という話は個人的になるのでやめます。
永平寺で法事をしたら御布施はどのくらい包むのか、などと下司なことを考えてしまいました。

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