2015年9月27日 (日)

小鹿田(おんた)焼の里

久し振りに九州へ、その5。

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一子相伝の窯元が十軒、伝統を受け継いでいます。一帯は重要文化的景観に指定され、陶芸技術は重要無形文化財になっています。私の大好きな焼き物で、ここの訪問は二回目です。観光地ではなく、静かな山里、という感じ、だからこそ、郷愁を覚えます。

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高い所に、小鹿田焼陶芸館。歴史や特徴が判る資料や古陶を展示。最初の写真はここからの景色、登り窯が幾つか見えます。

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近くで見ると迫力があります。

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窯元に販売スペースはありますが、あまり商売っ気なし。

どんな焼き物か興味のある方は過去の記事を見て下さい(こちら)(こちら)、近くにある小石原焼の記事も含まれています。

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2015年9月16日 (水)

日田散策

久し振りに九州へ、その3。

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天領雛御殿。
日田といえば雛人形が有名。ここは数百種類を展示、天保14(1843)年創業、日田醤油という会社の施設。

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月隈山。江戸時代には日田代官の居城。
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城跡の石垣と堀しか残っていない。
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古墳時代の墳墓跡と思われる横穴群。

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天領乃思案処、面白いネーミング。この向こうの薫重酒造に行こうとしたが、夕方に閉店。他の所も殆ど閉まっていました。

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長福寺。1584年開山。本堂は1669年に再建されたもの。重要文化財。祝、日本遺産認定、と書いてありました。

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岩尾薬舗。万能薬・日本丸で財をなした。展望楼を持つ立派な建物。

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2015年9月 9日 (水)

PAVARIEエコエリア山田

久し振りに九州へ、その2。

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大分道、鳥栖JCTから二十キロぐらいのところにあります。
PAVARIE(パヴェリエ)とは?
NEXCO西日本のHPから(あまり良い文章とは言えないような)。

旅の目的地となるためにSA・PAから新しい価値を。
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パルキング)(PARKING)、仏語で「駐車」の意味、VARIE(ヴァリエ)、仏語で「様々な」の意味。SA・PAが様々な新しい価値を提供する場所、お客さまにはその価値を楽しんでいただきたいとの想いをこめています。「パヴァリエ」とは、ナショナルブランド・地域有名店でショッピングや飲食が楽しめる複合型商業施設、エリアからの素晴らしい眺望を生かすなど、エリアを単なる通過点ではなく、目的地としていただきたいエリアや エコロジーをテーマにした太陽光発電・省エネ技術の導入など、 特別なコンセプトを持ったエリアです。

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太陽光パネルがたくさん、まだまだこの写真に写っている以外にもあり、ここで使う電力を自給できる能力があるそうです。

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山田SA(PAVARIEエコエリア山田)に寄った目的はトイレを見ること。

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小便器の上で手を洗うことが出来ます、その水が下へ。節水!

SA・PAをパヴァリエというブランドにしたのは、ここが初めて。その後、滋賀県の大津SA(下り)、広島県の福山SA(上り)がパヴァリエになっているそうです。行ってみよう。

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2015年8月22日 (土)

山路酒蔵

滋賀に行きました、その9、ラスト。

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滋賀県長浜市木之本町木之元990、冨田酒造の近くにあります。購入したお酒は既に飲んで、ブログにアップしています(こちら)。実はここにも二ヶ月ほど前に行きましたが、記事には書いていません。

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その時買ったのは、桑酒、ここの名物です。独特の柔らかい匂い、恐らく桑に由来するものでしょう。味わいも穏やかで、まさに食前酒にピッタリ、チビチビと飲んでいます。

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クリックで拡大します。読むのが面倒な人のために作り方の概略を。糯米と麹と桑の葉を焼酎に漬け、伝統みりんの製法で作ったもの。

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4月と6月、続けてこの辺りを旅しました。とても気に入っているのです、特に、木之元宿の辺り。滋賀県にはまだまだ訪れたい所や泊まりたい宿があります。また機会を見つけていくつもりです。

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2015年8月16日 (日)

冨田酒造

滋賀に行きました、その8。

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実は二ヶ月ほど前にも訪問、その時記事にはしなかったのですが、買ったお酒のことはアップしました(こちら)。

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風格のある建物、裏には煙突が見えています。

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入って右側にお酒などが並べてあります。左側にはテーブル、今回はそこで、話題の「七本槍の酒粕ジェラート」を頂きました。

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純米吟醸の酒粕をミルクジェラートに練り込んだものです。日本酒のほのかな風味と濃厚なミルクの味、美味しい。

滋賀県長浜市木之本町木之元1107、北大路魯山人が愛した蔵。

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2015年8月 8日 (土)

雨森芳洲庵

滋賀に行きました、その6。

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雨森芳洲の名は教科書で見ただけでは記憶に残らないかも知れません。私の場合、父親の出身地が対馬ということで、何となく親しみがあります。対馬藩で朝鮮との外交を担った江戸中期の儒学者です。お墓も対馬にあります。それなのに、遠く離れた滋賀県、向源寺の近くに、東アジア交流ハウス雨森芳洲庵、という施設を見つけました。行ってみると、生誕地とのこと。雨森芳洲の生涯をたどり、思想や業績を顕彰するとともに、東アジアとの交流と友好をめざす拠点として1984年生家跡に建設されたとのこと。芳洲の著書や遺品、芳洲が深く関わった朝鮮通信使の資料などを展示しています。

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奥にある立派なお庭。

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雨森地区住民が熱心に町作りを行っていて、綺麗で気持ちのいい町並みになっています。国際交流にも取り組み、毎年韓国の中学生、高校生をホームステイで受け入れているそうです。

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近くにある、天川命神社。左、滋賀県一の大銀杏。

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因みに、彦根城近くのキャッスルロードにある宗安寺、朝鮮通信使の宿舎でした。雨森地区は通らなかったようです。

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2015年8月 6日 (木)

十一面観世音菩薩

滋賀に行きました、その5。

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向源(こうげん)寺。国宝の観音像があるのは・・・

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少し離れた、渡岸(どうがん)寺観音堂、

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奥の本堂左手にある収蔵庫、何にも隔てられることなく、あらゆる方向から拝観することが出来ます。他に、重文の大日如来像もあります。

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当然写真は撮れないので、大きなポスターを購入、机の前のボードに。

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2015年7月29日 (水)

彦根城

滋賀に行きました、その3。

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遙か昔に来たことがあります。
微かに記憶に残っているのは、石垣ではなく、土の斜面です。
先ずそれを登って、西の丸三重櫓へ。

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中も見学できます。

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階段が急でした。

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裏側(?)から見た天守、牛蒡積と呼ばれる石垣です。

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色々な屋根が入り組み、曲線が美しい。ここの階段も急でした。

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眼下に玄宮園、右の山は佐和山。

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遠くに琵琶湖が見えます。

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太鼓門櫓。

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太鼓の音を響かせるため反対側の壁はありません。

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天秤櫓、まさに天秤の形。

立派なお城、今までに見たお城で一番。
残念ながら、ひこにゃんには会えませんでした。

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2015年7月23日 (木)

玄宮園

滋賀に行きました、その2。

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彦根城の北東にある大名庭園。1677年四代藩主直興が造営。

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近江八景を模して作られた。中央に入り組んだ池がある。

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四つの島、九つの橋を配する。

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湖畔に鳳翔台、臨池閣、八景亭が建っている。どの建物がどれなのかは判らない。八景亭は料理旅館、泊まってみたいと思う。

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彦根城の天守や緑を借景とし素晴らしい眺めである。

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2015年7月11日 (土)

六角堂

滋賀に行きました、その1。

四月初めに京都・滋賀へ行ったのに、およそ二が月後またまた同じ方面に。好きなところなのです。一ヶ月以上遅れて報告開始。先ずは京都へちょっと。奧さんの行きたい所があり、その間私一人で六角堂へ。森見登美彦の本によく出てくるので訪ねてみたかったのです。

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烏丸通りから六角通りを東へ、すぐ北側。六角通りに面した山門。

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正式名称、紫雲山頂法寺、開基は聖徳太子。本堂が六角宝形造なので、六角堂と呼ばれている。一見六角形には見えない。

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本堂の右手に臍石、ここが平安京・京都盆地の中心ということから。

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横から見るとなんとか六角形に見えないこともない。

本堂北、池の傍に坊があり、池坊と呼ばれた。花を供えるのが役目で、後、華道発祥の地となる。池坊華道の拠点で、周りに関連ビルが建ち並んでいる。ビルの谷間とはいえ、風情があります。

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