長府(続)
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山口への小旅行、その7。
長府はあまり知られていない地名かもしれませんが、神功皇后の頃からの古い歴史を持っています。七世紀に長門の国府になり、長府となったようです。
関ヶ原の戦い以後、毛利家は周防長門の二国に減封され、本家は元就の孫・輝元が萩に城をかまえました。長府は、萩藩の支藩として、同じく元就の孫・秀元が入府しました。櫛崎城というお城があったそうですが、一国一城令で取り壊されました。お城はなくても城下町として栄えたようです。
山あれば山を観る
雨の日は雨を聴く
春 夏 秋 冬
あしたもよろし
ゆふべもよろし
山頭火
ゴミ収集の日だったようであちこちにゴミ袋・・・
向こうからタダならぬ集団・・・アップにすると・・・
山下真司と岡本信人。ちょっとインタビューを受けました。
菅家長屋門。
終わりそうにないので、(多分明日に)続く・・・・・
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熊本への旅、その11。
このお城は、天草下島の北西から突き出た、富岡半島にあります。半島と言っても、元は孤立した島で、砂州が出来て繋がった陸繋島というものだそうです。
天草・島原の乱のとき、幕府側の拠点だったお城。
ここから天草下島が見え、曲崎という砂嘴で湾が出来、面白い地形です。
いよいよ天草ともお別れです。
訪れてみて感じたのは、天草には魅力的な観光地が多くはないということでした。そしてやっぱり遠いということでした。この先そう長くはない私の人生を考えると、また行くことはないでしょう。
天草について調べているとき、天草宝島観光協会のHPを発見しました。役に立つHPです。資料を希望するときはメールを、とあったのでお願いしたら、パンフレットや地図などを無料で送ってくれました。とても助かりました。観光に力を入れているということが分かります。発展を、というより、充実した生活を送ることが出来る所であることを、お祈りします。それが出来る土地だと感じました。(今日は文章の調子が変!実は今病気です。これについては又何れ。)
熊本への旅、は続きます。
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熊本への旅、その8。天草五橋めぐり遊覧船、というものがあります。
他の会社を調べていたのですが、ホテル竜宮の桟橋から出てるというのでそれにしました。下の写真の右手前の船です。
五橋めぐり、と言っても、一号橋は遠いのでなし。
陸に上がって、高い所から天草五橋を見るため千巌山へ。
山頂からの景色。
展望所からの景色。山頂と展望所は別の場所です。
展望所が平らな道で、楽に行けます。この写真、クリックで拡大。
五号橋は山に隠れて見えません。一号橋は遠くて見えません。
左に四号橋、右手に三号橋、その奥に二号橋。
西の方の景色、晴れ渡っていたら雲仙が見える。
山頂まで行って大汗をかきましたが、素晴らしい景色でした。
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熊本への旅、その4。
二本杉峠は、八代市泉町仁田尾にあります。ちょっと北に、二本杉展望所があり、ここの住所は下益城(ましき)郡美里町のようです。
そこに至るまでは、九州自動車道松橋ICから国道218号線を東に走り、砥用(ともち)から南へ、急勾配でクネクネ曲がった、ほとんどが一車線の、国道445号線を登ります。この山道、20分~30分程度だったと思いますが、物凄く長く感じました。
二本杉展望所からは、視界が良ければ、西は普賢岳、東は阿蘇の外輪山、北は熊本市街まで見えるとのことですが、この日は下の写真の程度でした。が、充分に美しい景色でした。中央に見えている町は砥用(この地名は合併で消えたようです)、その左上あたりが熊本市街・金峰山かな、と思いました。この写真、クリックで大きくなります。
ここからちょっと南下すると、道が広くなり、二本杉峠です。
広い平らな土地に、東山(とうやま)本店というお店があります。
地鶏うどん、550円を頂きました。場所を考えるとリーズナブル。
標高1100m、お店にエアコンはなく、自然の風、
温かいおうどんが美味しく頂けました。
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北陸への旅、その10。
右、仏殿前の廊下。奥、僧堂。左、中雀門(ちゅうじゃくもん)。
山門を通って中に入ることが出来るのは住職だけ、修行僧は、入門する時と、修行が終わった時、この門を通ることが許される、という話が印象に残りました。山門で鐘楼の説明をしている修行僧が、「私を押して山門から外に出さないで下さい。もしそうなったら修行を終えて帰らなければなりません。」と冗談を言っていました。
何処で写真を撮っても構いません、というのには一寸驚きました。「ただし」、が付いていますが。修行僧に直接カメラを向けないでください。傘松閣(さんしょうかく)の絵天井のフラッシュ撮影はしないでください(言われて数分後にしている人がいました)。修行中のところ(当然修行僧がいる)、法事などが行われている時、は写真をご遠慮ください。
祠堂殿(しどうでん)という所で法要が行われていました。親族が十人ぐらい、僧侶も十人ぐらい、といっても殆どは修行僧ですが。しばらく見学させていただきましたが、かなり動きのあるものでした。私の祖父の葬儀を思い出しました。我が家は曹洞宗でした。だから、永平寺には行かなければとずっと思っていました。やっと行きました、が、という話は個人的になるのでやめます。
永平寺で法事をしたら御布施はどのくらい包むのか、などと下司なことを考えてしまいました。
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